月出山は1988年6月11日、19番目に国立公園で指定された。

この公園は韓半島の南西地域の端に位置する国内で最も小さな面積(42km平)の国立公園である。月出山はその姿が多様で美しく、平野地帯にぐっと高くそびえていて、低いのに大きく見える山である。周囲に他の山がないので、この山に月がかかっていると特別な感動を与えて、山の名も月出山と懐けられた。
周辺都市である光州、木浦より車で1時間の距離にあり、年間の探訪客は焼く30万人である。

 月出山の高さ408mのライオン(サジャ)峰を始めで頂上である天皇峰,九亭峰,道岬峰,朱芝峰に至るまで東から西方へ一つの小さな山脈を形成している。東から西方へ続いている月出山の稜線は岩の展示場だと言っても行き過ぎがないほどに岩が多い。
月出山の岩の伝説中からもいちばん代表的なことが神霊らしい岩,つまり霊岩についてのものだ。この岩によって 月出山の北方に村の名前が霊岩と言う呼ばれている。

東国輿地勝覧の記録によると月出山には自から動く三つの岩があった。一つは雲霧峰に残り、二つは道岬と龍岩下にあった。
この動く岩は一人が揺さ振りしでも十人が揺さ振りしでも同じに動く。
この岩によって霊岩で立派な人が出ると信じた中国人が三つの岩を全部山下で突き落としたが,その中に一つが ひとりでに月出山へまた上がったという。これを證明するように月出山第の2峰である九亭峰の下には動石だと刻まれた岩がある。

自然景観

月出山は女性のように纖細で,男性のように偉容がある。たとえ雄大な味はないが,天皇峰と九亭峰を続ぐ主稜線を中心に 四面に展開された天態万象の山勢は十分一品で岩の展示場だと言える。
 月出山の最高峰である天皇峰の頂上に登ると300人あまりが座れる扁平な岩盤がある。四方へ伸ばしある稜線と 溪谷が彫刻品のように美しくて榮山江がくねくねと流れて胸がパッと開けられる風景を演出する。

月出山の跨線橋もまた他の魅力をくれる。この橋は地上120m,長さ52m,幅60cmの韓国でいちばん長い跨線橋だ。 この橋に昇れば背中の汗が自然に冷える。またライオン峰の左山の山腹の溪谷では滝水がなんと七つ番や引き続いて落ちる 七致滝の壯觀を見られるし,道岬寺と無爲寺で降りて行き道に繰り広げられた尾王嶺の葦畑は秋になると恍惚な絶景を成して 恋人の愛らしい場所で利用される。特に西海を背景で繰り広げた日沒の晩風景は言葉では表現ができないほどに美しい。

   

文化遺跡(寺)

道岬寺
新羅文武王の1年(661年)にドソン国師によって創建された。その後、朝鮮祖に二番目くらい重創された。朝鮮中期の 1456年(世祖2年)に信眉と守眉大師が重建して,この時の建造物である解脱門は国宝の50号で指定された。
境内には解脱門を始めとして高麗末期のことで推定される一つの石で作られた3m高さの佛像である石造女来像(宝物89号)、 大雄殿など見物が多い。そのうえ寺の入り口には3km以上や桜木が道端の両側へ並びにいって春になると花トンネルを成して、 毎年陰暦、3月3日には王仁祭が開けれる。

無爲寺
月出山南に位している無爲寺は国宝第の134号である極楽寶殿に名前が知れた所だ。大きな榎木の枯木が立ってある 広いお寺の庭に寂しく位置しているこの建物は正面の3間側面の3間の柱心包の切り妻屋根で單純美が一品だ。
面と善の適切な調和と分割でむだながなく輕やかなのが見手を感動させる。

無爲寺は極楽寶殿以外にも高麗王建が先覺大師の恩に報いるために立てた偏光霊塔(宝物第の507号)は現存している 壁画の中で最も古い極楽寶殿,木造三尊佛は後ろの後佛壁画が見物だ。

磨崖如来左像
月出山、第2峰の九亭峰から約500mほど離れた所に自然岩石に彫刻された高さ8.5mの磨崖石佛がある。
この石佛は9世紀頃の作品で推定されるが模樣が円滿で上下構造の比例が適当ので安定感と莊嚴な印象をくれる。
彫刻手法がとても精巧だけでなく全体的な姿がとても雄大だ。本尊佛の右側には主佛に比べてあまり小さな高さ87cmの 童子菩薩が両脚されてある。

 

 

 

   
 
 
 
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