
俗離山は1970年3月24日、6番目に国立公園で指定された。
この公園は国土の中心にありなから、周辺の中小都市から遠く離れていて、”人々の住んでいるところ(俗世界)”を離れていることを意味するが、住み良い山や川、そして野原をすべてそなえている。
行政区域上2つの道(県)にまたがるこの公園は、自然風景と生活環境等がぞれぞれ異なった特色を持つ法住寺(ボッジュサ)地区、
華陽洞(ファヤンドン)地区、双曲(サンコック)地区等3つの地区に区分される。
総面積は275キロ坪であり、年間の探訪客は役50万人である。
俗離山は海拔の1.058mの天皇峰を主峰で飛露峰、立石台、神仙台、文殊峰、文藏台(1、033m)觀音峰など花崗岩の奇峰らと鬱蒼した
樹森がよくいっしょになってまるでからりと聳えて蓮峰を連想させる。
五里樹林トンネルを歩いて行くと、湖西第一伽藍との懸板が掛かってある法住寺一柱門の前に到達する。
一柱門は553年(新羅真興王14年)に 創建された後、数次、増修を重ね今日に至っており、一柱門の意味は神聖な
伽藍に入る前世俗の煩悩により浮散された心を一つに合わせ、真理の世界に向かうという事である。
一柱門に入ると古色蒼然になってある法柱寺に着く。境内には木造5階塔捌相殿、双獅子石塔、石蓮池などがある。
山行時間は約6時間、俗離山頂上を登り樂しさの以外に名寺と名所が周りに多くて一度の山行では恨みが殘る所だ。
俗離山は4季節ごとに秀で美しさがある。春には山桜か咲き乱れるし、夏にはい松が森を成して、くねくねる川と一獅ノ美しく、
秋には山の全体が紅葉と奇岩怪石がいっしょになり、冬の雪景もやはりゆかしいなひとつの東洋画を浮かび上がるような山だ

文化遺跡
法柱寺:
法住寺が尊大なる歴史の中でその姿を現わしたのは新羅24代目真興王14年(553年)のこのである。
法住寺が寺としての外観を整え始めたのは 真表律師とその第子である氷深宗師によっである。
高麗、朝鮮時代の王室保護を受け法住寺は大きな寺としての姿を維持している。高宗10年(1873年)に編産された
<法住寺の事蹟>の中には当時の法住寺の規模を60余りの建物と10点余りの石物、70か所余りの庵を構えていたと記録している。
壬辰倭乱の際に法住寺は他の寺の同様廃墟
と化してあった法住寺を再び重創した方が碧岩大宗師である。近・現代に至っては金鳥大宗師を初めとある秋澤・大義・月南・高僧が中心となった。今日の法住寺は金鳥大宗師の風貌を引継ぎ教育や修行・布教を行う寺としてその姿を誇っている。
捌相殿(国宝第55号)
法住寺境内中心に美麗で荘重に建っている捌相殿は国内唯一の5層喪木塔式の建物である。この建物は義新祖師に依り
創建され、壬辰倭乱の時 全焼されたのを1626年(朝鮮16代仁祖4年)に碧岩大師が重健させた。
1968年にこの建物は安全補修されたが、この時、万審礎石から舎利具と銘刻銅版が発見され建築年代を確認するに至り、
捌相殿内部には釈迦牟尼一生を描いた8間の絵があり、それを囲むようにして5百羅漢を3列に安置させている。
四天王石燈(宝物第15号)
大雄殿の前にある石燈は彫刻手法が秀れて、統一新羅時代の石燈を代表するほどの作品と挙げられるが化妙石四面に雄壮、
壮大なる四天王像を一具ずつ彫刻し たため四天王石燈と呼ばれる。
双獅子石灯(国宝5号)
統一新羅時代の720年(聖コ王19年)に造成された8角石灯。高さ3.3mである石灯は新羅時代の石灯の中でも堅固な彫刻手法と
地台石、屋蓋石などが美しくて丁重 な一風があふれる新羅時代の石造藝術品だ。
一般的な八角竿石を用いた奇妙な意匠と着実な彫刻手法を誇る石灯である。
石蓮池(宝物第64号)石蓮池は統一新羅時代の石造。極樂世界の蓮池を象徴することで高さ、1.95m台石の上に円形の石造を上げて置いた形象だ。
この石蓮池は釣り合うな比例と造形的な構 成や模樣刻みの精巧などが引き立つ傑作品でその自体が一つの蓮のように美しい。
本来、この石蓮池は法住寺の本堂であった時、その荘厳品として設置されたもので極楽世界の蓮地を象徴して花崗石で彫刻したものである。
掛仏幀画( 宝物第1259号)
朝鮮英祖42年(1766年)に製作されたもので、長さ14.24m幅6.79mにのぼる超大型仏画である。
彌勒仏は原型が光背と身光を持ち合わせてあり、手には龍華樹の枝を持っている姿である。
大雄寶殿(宝物第915号)
古記録名には大雄大光殿として残っている寶殿は553年(新羅眞興王14年)義信祖師により創建され、任辰倭乱後
1624年壁岸大師が重創。1893年外にも幾度の重修後 現在に至り、建物の規模は総120間。建坪170坪、高さ約19mに至る規模であり、
多包系の二層建物形式くを取っている法住寺大雄寶殿は国内寺刹の二層建物中、三大佛殿の
一つとして指折られている寶殿である。
青銅彌勒大佛 青銅彌勒大佛は高さ約8mに至る花崗岩の基壇の上に、高さ25m、周園17mの巨大な青銅彌勒大佛は東洋大規模の立佛像であり、
使われた青銅は160トンに至ると言われる。1987年、6年間の造成工事のあげく、点眼義儀式の過程中三回にかけて空が明るく開き、
五色の瑞光が空を色彩り、白い光線が青銅彌勒佛から立ちのぼったとその場に居合わ
せた人々が伝えている。

正二品松
朝鮮7代王の世祖(15C)が俗離山へ行幸した時、玉座の籠がこの松の枝に行く手を妨げられた。
そこが[籠が引っかかるぞ]と言ったところ、奇妙なことにえが自ずから上がり、王の一行を通したという。
これを神妙に思った世祖が、現在の長官(大臣)級にあたる正二品の官位をこの松に下賜したと言われる。
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